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京岩洞レール村

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日帝強占時期に日本人が紡織工場を建てるために干潟を埋め立てて敷地を造成しました。この町に鉄道が敷かれたのは太平洋戦争の真っ只中の1944年で、助村洞に所在していた製紙工場と群山駅を繋ぐためでした。工場と群山駅の間をレールで繋いで、総延長は2.5km、そのうち約1.1km区間がレール村を通過していました。日帝強占から解放した後に国有地に編入された京岩洞は荒地のようだったが行き場のない貧しい人々が集まり、徐々に今のような町が形成されました。町の中を汽車が通過する時は乗務員3人が汽車の前につかまって乗り、笛を吹いて住民や通行人が近づけないように注意をよびがけました。
貧しい人々が集まって暮らしていた京岩洞の線路沿いのあばら屋にも、70年代のセマウル運動を経て電気と水道が引かれました。低い塀と屋根が長くならんでいるこの町では、每日、二度ずつ汽車が走っていました。2008年6月、開通から65年ぶりに汽車の運行が完全に中断され、鉄道としては使われなくなりましたが、400mに至るレール村は今も昔の追憶をたどって訪れてくる人が絶えません。レール村の家屋は合わせて50軒ほどで、このうち約30軒には今も人々が住んでいます。

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