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守市塔

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日本帝国の强占からの解放後、米の貿易が途切れて群山には深刻な景気の沈滞が訪れてきました。貿易拠点都市という機能がなくなった群山は、地域経済に深刻な黒雲が立ち込めました。1968年、群山市民は群山の新たな繁栄を願う意味で記念塔をつくる計画を立てました。塔の名は晴朗な春を待つという意味の『春望塔』でしたが、完工後に群山を再び繁栄させようという 意味の『盛市塔』に変えました。その後間もない1968年、当時の朴東弼群山市長が、群山市を守るという意味の『守市塔』と改名して今まで伝えてきます。
群山市民の念願が込められた守市塔の設計は、当代の有名な建築設計専門家に任せられました。群山の経済が生き返るためには群山港に再び船が多く出入りすることが不可欠だという意味から、帆を広げた船と燃え立つかがり火をイメージしてたてました。当初の設計図は守市塔の帆の部分の角度が現在のものよりも緩いものでしたが、当時の施工技術では工事に限界があり、設計よりもとがった形に施工されました。守市塔の建立は市民の熱い願いの中で進められましたが、施工会社の技術や装備不足により苦戦を重ねた末に、本来は30mで設計されていた塔の高さが28mまでしかいたらなかったそうです。

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